大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(レ)318号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

そこで本件解約申入れの正当事由の存否について判断する。

1 <証拠>によれば、本件建物は昭和一二、三年頃に建築された棟割り長屋式の本件一棟の建物(木造瓦葺二階建、四軒続き)の西端部分であり、都道八五号線沿いの歩道に面していること、外壁はラスモルタル塗であるがこのモルタルの一部が剥離して落下している箇所があり、その西側部分は全体的に黒ずんでおり、顕著な亀裂も認められること、西側の土台は腐蝕により触れるとボロボロに崩れてしまう部分があり、また、屋根は南西側の棟瓦が一部崩れ落ち、南側の軒瓦が波打つていること、一階居間の鴨居は一部水平でなくなつており、台所の柱が一部鉄柱により補強されるに至つていることが認められる。

2 次に、<証拠>を総合すれば、被控訴人は、昭和五一年七月二日付をもつて、東京都北区長から本件一棟の建物及び同様の棟割り長屋である別紙物件目録(二)、(三)記載の各建物につき、家屋の腐蝕と破損がひどく保安上危険と思われるという理由で、右建物の「除却、改築、大規模の修繕又は保安上必要な措置」を講ずべき旨の建築基準法一〇条一項の規定に基づく勧告を受けたこと、昭和五六年九月には本件一棟の建物の一区画で当時中重ヒロ子が賃借していた建物(本件一棟の建物の東端部分)の二階窓の上側に貼つけられていた外壁タイルが、ラスの腐蝕によつてタイルを支えきれなくなつたことが原因となつて、幅3.6メートルにわたつて全面的に落下し、更に別な機会ではあるが本件一棟の建物のうち中重ヒロ子の賃借建物の西側に接する竹鼻一三賃借建物の二階の外壁タイルが全く同様の原因によつて落下したことがあり、右のうちのいずれの機会であつたかは明らかではないが、前記木村証人自身も、このタイルの落下により生命の危険に直面させられたような思いをしたこと、そのため、更にタイルが落下することによつて人身に被害の及ぶ危険のあることを苦慮した被控訴人は、その頃控訴人をはじめとする当時の本件一棟の建物の賃借人らの承諾を得て、本件一棟の建物の二階部分の外壁タイルのすべてを取りはずし、その跡に防水ルーフィングを貼つける応急措置を講じたが、本件一棟の建物は、右の状態で現状に至つていること(右のように二階窓の上方の外壁タイルが幅3.6メートルにわたり落下したこと及びその後被控訴人が本件の建物全体にわたり二階部分の外壁タイルをすべて取りはずし防水ルーフィングを貼つて応急措置を施したことはいずれも当事者間に争いがない。)そして、本件建物を含む本件一棟の建物の外壁タイルが落下した原因が、右のように外壁のラスの腐蝕にあるばかりでなく更にラスの下地をなす木材もまた古くなつているため再びラスを貼つてもそれによつて外壁タイルを支えることが困難であることが認められ、<る。>

3 他方、控訴人の事情について検討するに、<証拠>によれば、控訴人は本件建物に約四〇年間にわたり居住しており、現在においては通常の生活には格別の支障がなく、特に危険を感ずることもないこと、控訴人は昭和五三年頃から電気工事会社の嘱託として勤めに出ており、本件建物での営業は、「電灯、電力工事請負」「木村電気商会」の看板を掲げているものの、修理の依頼があれば直すという内職程度の仕事であり、これによる収入は月二、三万円程度の微々たるものであることが認められる。

4 次に、本件建物と棟続きの建物及びこれと同様に前記勧告の対象となつた別紙物件目録(二)、(三)記載の各建物の他の賃借人らの明渡状況に関する請求原因3の(四)の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば本件一棟の建物のうちの一区画で昭和五四年に被控訴人が竹鼻一三に賃貸した建物については、右契約において建物取毀しの際は無条件で明渡す旨合意されていることが認められるから、本件一棟の建物については、本件建物及び小林良広が賃借中の建物が明渡訴訟の対象とされていて、他の建物はすでに明渡ずみか又は確実に明渡が受けられるものということになる。

5 以上の各事実を総合すると、本件建物を含む本件一棟の建物は前記勧告後約七年を経過するに至つて相当に老朽化しており、現在は通行人等に事故が起ることのないように被控訴人において二階部分の外壁に防水ルーフィングを貼つているけれども、これはあくまで一時的な措置であり、全面的に修復することは困難であると認められ、朽廃、滅失の時期が近い運命にあり、前記勧告で指摘された危険を修繕により完全に除去するのは不可能であること、被控訴人は、本件建物と同様に前記勧告を受けた他の建物の賃借人に対し、いずれも明渡交渉を行つており、現在まで右賃借人らから一部の者を除いて既に明渡を受けており、近い将来右各建物を取毀すことが可能であること及び控訴人において本件建物に居住して利用する必要性が必ずしも高いものではないことが認められるが、他方、弁論の全趣旨によれば、被控訴人において本件建物の取毀し後の利用につきそれほど差し迫つた具体的事情があるものではないことが認められるのであつて、これらの諸事情を考え合わせれば、被控訴人の本件解約申入れの正当事由としてはなお十分ではないものと考えられるが、右の不十分な点は立退料の提供によつて補完し得る性質のものと解するのが相当である。

そして、被控訴人が控訴人に対し、昭和五七年一〇月二九日の原審第九回口頭弁論期日において立退料一二〇万円を提供する旨申出たことは当事者間に争いがないところ、立退料の額については、移転に伴う経済的損失等諸般の事情を考慮すれば、被控訴人の意思に合致する範囲内の金額と認められる一五〇万円をもつて相当と解するべきである。これによれば、本件賃貸借契約は、被控訴人が立退料の提供を申出た昭和五七年一〇月二九日の翌日から起算して六か月後の昭和五八年四月二九日の経過をもつて終了したものと解すべきである。

(原島克己 前坂光雄 安浪亮介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!